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ボイストレーニング SONG-VOICE-LIFE!

画期的ボイストレーンング浜渦メソッド。空間をキャンバスと捉えることで体を自然に開き、どなたでも自由で豊かな表現のための最適解の呼吸と声が自然に身に付く従来のボイトレの常識を覆すボイトレ-ブログ版-

【2/24 sun.】発表会LIVE vol.6 開催【東高円寺ロサンゼルスクラブ】

live6banner
ボイストレーナーの浜渦です。
私の入院等でしばらく中断しておりました、東京開催の発表会LIVEのご案内です。
私の病気療養はマイナスかと思いましたが、それ以上に表現のために得たものは大変大きく、それを生徒さんにフィードバックできたと思っております。
自然でその人らしい「伝わる歌」をお届けできると思っております。
入場無料ですので、お気軽に遊びにおいでくださいね。

日時・場所のごあんない


入場無料(1ドリンク代500円のみ)
とき:2019.2.24(sun.) START 13:30(OPEN 13:15)
ところ:ロサンゼルスクラブ(東京メトロ丸の内線「東高円寺駅」下車徒歩1分 東京都杉並区 高円寺南1丁目7-2 高円寺東コーポB1F)

発表会LIVEについて


「自然に体を開き、感動の呼吸から生み出される自由で伝わる空間を満たすあなたでなければならない声を…」はまうず式呼吸・発声・歌唱法が目指すものをきっと感じていただけると思います。※SVLに通われているアマチュアの生徒さん中心のポップス中心の発表会LIVEですが、一般の方はもちろん、声楽や俳優、講師業の方にもぜひお聴いただきたいLIVEです。

当日は禁煙(外に喫煙コーナーを設けます)、2回の休憩を挟みながら17時過ぎまで開催しておりますが、お好きな時にお越し頂いて、お好きな時にお帰りいただけますので、お気軽に遊びにお越しください。小さなお子様連れでもお気軽にお越しいただけます。
当日、生徒さんや、私(浜渦)にも、お気軽にお声がけください。

SVLは、ポップス、声楽、ジャズボーカル、声優・俳優、講師の方から一般の方まで、プロ・アマチュア問わず、多くの方が通われています。
ただカラオケの点数や出ているだけの高い声などを求めず、伝えること・感動することを呼吸と声で表すこととは何かという「人間表現の本質」にこだわり「何を・なぜ・どのように」を本当の基礎を的確にお伝えする「本質のボイストレーニングスクール」です。
自由になるにつれ、使える音域や音色も知らず知らずに伸び、自然で力強い呼吸法と美しい姿勢も身についていきます。
www.song-voice-life.com/

「喉の力を抜く」ということについて

ボイストレーナーの浜渦です。

皆さんの中にも、「喉に力が入る」「喉が硬いt」と感じたり、またレッスンを受けたことがある方は、
「喉の力を抜きなさい」と言われたことがある方も多いのではないでしょうか。
どうすれば抜けるのでしょうか?なぜ抜かなければならないのでしょうか?

喉の力を抜けと言われた時点で実は手遅れ…


衝撃的なことを言いますと「喉の力を抜け」と言われた時点ですでに力を抜くのはほぼ不可能です。
ということは、先生も酷なことを言っているということですね^^;
一旦入ってしまった余計な力を抜くと、声は破綻します。
歌う方もそれがなんとなくわかるから「いまさら」力なんか抜けないわけです。

そもそもなぜ喉に力が入るのか


そもそもなぜ喉に余計な力を入れてしまうのでしょうか。
ほとんどの方は、喉に力入れてはいけないことは知っていますし、高い声を出す妨げにはなりますし、声が硬くなったり、痛めたりする要因になることも知っています。なのに力を入れる…。

それは「余計な力を抜くと声が出ない」また」出る気がしない」「息が続かない」からに他なりません。
だから余計な力を入れてしまうのが本当のところです。
逆に言えば、正しい音程を出したい、間違えたくない、ちゃんと歌いたいという気持ちが喉に力を入れてしまいます。

発声はそもそも喉は一切使わない!?


さてその喉の力なのですが、実験的に以下のようなことをしてみてください。

1.ちょっと驚いた感じでゆっくり息を吸う
2.1.で吸った息を「な〜んだ嘘か」という感じでホッとして吐いてしまう

アホみたいな感じですが、この時の2.のだらっとした感じを、歌を一局歌い終わるまで一切変えないのが正解です。
つまり、力を抜くのではなく「そもそも一切使わない」という感覚が正解なんですね。

発声の本当の基本


発声の基本は、腹式呼吸?共鳴?ミックスボイス?
…答えはNOです。

基本は、
「胸(みぞおち周り)を人が感動した時の状態(つまりある程度膨らませた状態)でキープすること」

もうひとつが、先ほどの
「喉を、だらっとしたまま一切使わない」
この2点です。
これはすごく大切なのですが、なぜかほとんど教えられることがありません。

そもそも私たちも人間という楽器です。
胸を膨らませた状態というのは、太鼓やピアノのように、楽器として良い音が鳴る状態を形作るという行為です。
他の楽器は形は変わりませんが、私たちは、息を吐いただけでも変わってしまいます。
※その胸の形を変えないために使うのが「腹式呼吸」なんですね。その理由を知らずに腹式呼吸の練習をしても役に立たないというのはそういうわけです。

つまり、喉は使わず、胸は固定が基本なのです。

ところが、喉を使ったり胸の圧力を変えると、簡単にお手軽に音程やボリュームを変えることができてしまうんです。
絶対やってはいけない禁断の果実なのですが、一旦覚えると、なかなかやめられません。

胸と喉を使わないとどこを使うのか?
背筋・腹筋…最後に声帯です。

これらはどんなに使っても周りから見て苦しそうに見えませんし、喉を痛めません。
ただし、本人はほぼ全身運動となりますのでスポーツのようなしんどさはあります。
喉はだらっとしたまま、胸もほぼ固定したまま、なのにあらゆる音程・音色・音量を出す。
ここが声の本当の魅力なんです。

多くのプロの方が、背中で歌うというような表現をするのはここに理由があるのですが、背中を使って何をするのか?なんのために背筋を使うのか、これにもちゃんとした理由があります。
これについてはまたの機会に・・・

お読みくださり、ありがとうございました。



生死は自分のために。誰かのために生きるというロマンも、誰かのために死ぬというロマンも違う。

徒然なるままに。

誰かのために生きるというロマンも、誰かのために死ぬというロマンも違う。
それは欺瞞でしかない。

人は自分のために生きてこそ人だ。
誰かのためにやる行為も、それと引き換えに「喜ばれたい」とか「やらないといけないからという義務感」といういわばギブアンドテイクを達成するためにやっていることがほとんどだろう。
誰かのためにやる行為が自分を生かす。

命こそ、自分のために使いたい。

「長生きして」も、空気的にそう言ったほうがいいから言うのか、残されたら寂しいから言のか、まだ利用価値があるから言うのか…。何れにしても相手のためではなく、自分のため。
それは悪いことではないし、むしろ全く普通のことだ。
ただし、自分のためと認識しているか。
相手のためだけを思って言っていると持ったら、相当まずい。

子供に勉強しろっていうのも、子供のためを思っても、もちろんあるだろうけど、将来困って欲しくない「親心という自分のため」でもあることを認識しないとね。

命は、誰かのためにでもなく、粗末に捨てるでもなく、自分のために使いたい。

大病をしてそれが一段と強くなった。
生きることに真剣でなければないほど、死が遠い存在になり、遠い存在だから怖くなる。
今を真剣に生きれば生きるほど、死は迫ってくるのが当たり前。
悲しさを知るから嬉しさを知り、悪を知るから善を知る。
今の世は、その両方の差がどんどん狭まっているのかもしれない。

逃げ出さない死もある。
無に還って人生という表現を完成させるという行為。
無への憧れ。
それを知っていれば、
「生きてればいいことだってあるわよ」なんて安直なことは言えないはず。
なぜなら、いいことを求めているのではないのだから。それは無意味だってことに気づくはず。
求めているのは、無と、完成なのだから。
「生きる」ことは素晴らしいが、それを自分で発見したのか。
感謝することが素晴らしい、マナーを守ることが素晴らしい、腹式呼吸が素晴らしい。
・・・それが自分の中から湧き上がったものではなく、世の中の価値観の受け売りではそのほうが人生不真面目でしょう。

こういうことをいうと、命を冒涜しているっていうような、意見が出てくるけど、そのういうほうがずっと命を粗末にしていると思うのはこのようなわけで・・・

あ、まだ私は死ぬ予定ありません。

最後に。
私の父が、余命半年、となった報告を受けたとき、
すごく寂しかった。
でも、治療頑張れとか、長生きして欲しいとかとても言えなかった。
親父ほど、人の何倍も内容濃く本気で生きた人間を他に見たことがなかったから…。
だから本人から「俺もう半年やで♪」
と聞かされたとき「…おお、そうか、大変やな。でもカッコよういってや。そしたら、残されたものも、自分の番がきた時覚悟できるしな」と、思わずか、つとめてか「にこやか」に伝えた。
そしたら親父は電話の向こうから
「がははは!嬉しいなあ!!さすが俺のことわかってるわ!!!」
と笑ってれた。




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常に「初めて感」を大切に__「想ってから」歌う

ボイストレーナーの浜渦です。
今日から兵庫県尼崎のローゼンビートでレッスンをさせていただいております。
私は声のあらゆるジャンルのボイストレーニング、指導をさせていただいておりますが、今日はドイツ歌曲の講座もありました。その中で実践したことからおはなししますね。

想ってから行動する


私たちは、想ってから、また感じてから行動します。
好きだと持ってから想いを伝える。また何も言えないこともあります。
熱いやかんに手を触れてしまって、「(熱い!)」と感じてから「熱っ!!」と声を出します。

好きだと言ってから、好きだと想ったり、「熱い!」と声を出してから、やかんに手を触れるのはおかしいですよね。

歌は何度も歌っているうちにもちろん覚えますし、慣れてきます。
セリフも同じでしょう。

そんな時ほど思い出してください。

人は想ってから行動するのが自然であることを。
それがたとえ変な声でも、うまくなくても、自然であることを。

初めて感を大切に


そのいつも『初めてそう想ったように歌う「初めて感」』を大切にしましょう。

それは歌詞に対してだけではなく、音に対してもです。
音を学校の勉強のように覚えてしまって、テストの答案のように答えてしまうと、歌詞やリズムや音程は合っていても、それは、想ったものを描き出す「表現」からは離れてしまいます。

その声を出している時にはすでに次の音・ことばの想像ができていなければなりません。
想像が声に追いつかれないように逃げ切りましょう。
たとえ 伴奏やカラオケから遅れても、想像ができる前に歌う癖をつけないようにしましょう。

ここに書いてあることは皆、私のこれまでの反省から生まれたものでもあるんです。
私は声楽・ジャズ・ポップスをはじめとしたボーカル・コーラスから、声優・俳優・ナレーションから演説・プレゼン指導・一般の日常会話まで、声のボイストレーニングレッスン、歌唱・発声・演技指導等をさせていただいています。
どのジャンルにも大切なのは「想ってから」だと思います。

才能は関係ない…


「想ってから」を具体化するのはちょっとコツ入りますが、才能は関係ありません。
自分の想いを声にするのはとても大変で、そしてとても楽しく、素晴らしいことなんです。
なまじ音楽大学の声楽科などに進学して、そのことがプレッシャーになって、想いどころではなくなってしまう人もおおいんです。
でも誰でもまっさらな想ってから伝える表現者に戻れるのです。
体一つで・・・

新年のご挨拶「ひとは悩んでこそひと也」

あけましておめでとうございます。
ボイストレーナーの浜渦です。

徒然なるままに


昨晩は「年越しだとか、新年とか、おめでとうとか、そんなこと考えているのは人間だけだな〜」
と思っているうちに年が明けました。

また、12月末に誕生日だったのですが、名前とか、年齢なんて考えているのも人間だけだなあと。
それだけ生きるということに、人は喜びや不安を感じているのかなあと思ったりしています。
名前や年齢は素晴らしいものだけど、そこに性格や「自分はこんなもん」だとか「そろそろ落ち着かないと」
なんて、自分を閉じ込めてしまっては勿体無いなあとも。

逆に名前や年齢、立場なんてすっ飛ばして、動物以上に自由に生きるという「歓喜とイバラの道」!?を進む方が人間的でおもしろいんじゃないか?
などと考えたり。

と言いつつ、昨年の話ですが、昨年のお正月は病気のために病院で過ごしました。
大変辛くはあったのですが、人間というのは、誤魔化さずに生きれば、どんな状況でも辛いものだと思います。
一つの悩みが治れば、次の悩みが、その悩みが治ればまた。。。
それは、悩みの大小ではなく、ひとの宿命のようなものなのかもしれません。

そこから逃げ出したい!
私のような不安定でなんの保証もない仕事なら、安定を求めたくなる。
でも安定と、人間を追求すること、表現を追求することは、真逆ではないかと思う自分がいる。
私は弱い人間ですから、安定してしまうと
「その安定を大事に自分を大事にして、何もできず、ただひたすら、所属意識や、安定した立場の者からの、無責任な高邁な物言いをして、先輩に可愛がられ、そこそこの出世を目指しそう」
…それはまずいと、喉から手が出るほど欲しい、安定だけは手に入れるまい、と思って生きてきました。(アホですよね)

人間は弱い…


しかし、人間というのは、少なからず、この私のような弱い面を持っているのではないでしょうか。
そこに経済的な不安や、将来の不透明さ、個人化が進むと、何か強いものに巻かれたくなる。ちょっと気を許すとその強いものが不公正であっても、そこに惹かれ属してしまい、属していないものに嗜虐的になってしまう。
それはもしかすると、私はもちろん、多くの人間がもつ危険性でもあると思うのです。

もっと言えば独裁的な、あるいは不公正な、あるいは先鋭的な集団は、いじめっこ集団のような「魅力」があるのでしょう。
その魅力とは、いじめっ子集団に属せば、つまり自分の魂を売ってしまえば「いじめられない」「人間の持つ嗜虐性を満足させられる」「ある種の階級気分を味わえる」「何かおこぼれに預かれるかもしれない」という魅力です。

しかし、そうなるとそこから生まれてくる表現に信用など置けないと思うのです。
どんなに頭脳明晰でも、センスがあっても、そこに自分がなく、自分だけの価値観もないわけですから。
…世の中が、だんだんとそんな時代になりつつあるように思うのは私だけででしょうか…。


今年もよろしくお願いします


正月からこんなこと書かずに、今年もハッピーでいきましょう〜〜〜〜

とか書ければいいんですけど。

そんなこんなを言いつつ、人間とは何か、表現とは何かを、人間の進化に逆らって「曲の前に言葉。言葉の前に母音、声の前に鳴き声、その前に呼吸、呼吸の前に体、体の前に…」と遡って、その本質を探求し、より自然に生きるついでに歌い、話す、そんなレッスンを提供できればと思います。
だって、そんな歌の方が、喜ばれるし、伝わると信じているから。

こんなこと書くと気難しいレッスンと思うかもしれませんが、実際は、本当に笑いが絶えない、全身をいっぱいに使ったレッスンですよ(笑っているのは僕だけだったらごめんなさい^^;)

ぜひ皆様も体験レッスンにおこしくださいね。
2月末には発表会ライブもあります。
上手いことより、自分を出すことが目標の気軽なものなので、早速参加してみてはいかがですか?
ボイストレーニングって、ただよい声になるためにあるのではありません。
良い声になってもうわべだけ上手くても、その人の良さは出ないし、相手にも伝わらないですよね。
胡散臭い言い方になるかもしれませんが「より良く・自然に・人間らしく生きる」ためのツールでなければならないと思っています♪

さ当ブログは1月か2月中に新サイトと統合の予定です。
あえてこちらは残して「徒然なるまま用・趣味の日記」にしたいと思っております。

今後ともよろしくお願いいたします!
(※1日現在、お正月レッスンは3日に空きが出ました。)

自然とは、生きるとは、進化とは…徒然なるままに

ボイストレーナーの浜渦です。
徒然なるままに。好きなことを…。



自然に生きるとは、医者へ行くことを不自然と思いながら行くこと。

不自然に生きながら自然食にこだわるようなことを不自然と知りながら、それを否定しないこと。

人間らしさとは、自然に生きられないことを覚悟しながらもあきらめないこと。

自然に生きているつもりでも、そのことが不自然であると知ること。

あと何年生きられるかを気にするより、あと5000年生きるつもりでそのスタートラインに立つ勇気を持つこと。
そして、5年でくたばったら、5/5000できたと納得して、爽やかにこの世を去ること。

全ての考えが、果たしてどこから生まれたのか、その先の先の先の先の先を、結果の好き嫌いに捉われずに考え続けること。

人間の進化とは何か、人間とは何か、その進化の過程を知ること。
なぜ言葉が生まれたのか。
言葉によって失われたもの、失われる可能性のあるものを知ること。

本当に進化してたら、今頃ひとは空を飛んでるよ?

常にスタートラインに戻る勇気を持つこと。
進化するには進化の検証とその過程を知るために一度退化する勇気を持つこと。

自分よりも恵まれない、認められていない人間で優れているのがたくさんいることを知ること。
そこから学ぶこと。
そして、その人たちを認め、その人たちから学ぶこと。
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音楽の「流れ」を自分で創れば、怖いものなし!?歌唱力も演技力もセリフも向上します

流れに乗る、流れを創る


ボイストレーナーの浜渦です。
突然ですが…エスカレーターに乗る時「あの段に乗ろう!」とは思いませんよね?
なんとなく見ながらも、適当に足を出した後で「自分の作った足の流れ」とエスカレーターの流れを自然に合わせる。ちょっと早ければ足を溜めて、遅ければ足をヒョイと少し伸ばす。
ここで大切なのが「自分でも流れを創る」ことです。
合わせるだけでは置いていかれて、いつまでたってもなかなか乗れません。

投手と打者の関係もそうでしょう。
打者も自分でバットを自然に出して、ストレートを待っていたのにスローカーブだったら、溜めて打つ。
逆ならとりあえずカットする…。


自分で歌・セリフ・会話の流れを作ろう


さて本題です。
皆さんは、歌う時、またセリフや会話をする時、自分で流れを作っていますか?
頭で想像するだけではダメです。
体で自然に流れを作り、そこに呼吸を乗せて声を乗せてやるんです。
「それじゃオケやピアノとズレるんじゃないか?」
ズレるから面白いんじゃないですか♪
ズレるからエスカレーターや、打者のように合わせるんです。
絶対ズレない音楽があったとしたら…。
それは機械に任せておきましょう。
歌やセリフはドラマです。たった今起こったように、たった今、感じたように話すように。
ですから、むしろズレたものを合わせていくアドリブ性が面白いし、それが自然というものだと思うのです。

先ほどのエスカレーターの話ですが、あの段に乗ろうとしたら置いていかれますよね。
それを怖れる人って、みんな前へ前へ走るんです。
ピアニストに置いていかれないように焦ってしまうんですね。
でもそれは自分で流れを作っていない証拠。
流れを作らないから、相手の音も聞こえない。

「伴奏を(カラオケ)をよく聞きなさい」と言うと、
「聞いてたらわからなくなる」タイプは、まさにそれ。
自分で流れを作っていないんです。
しかし作っていれば、ちょっと前のめりに入ろうが、遅れて出ようが「後から合わせられる」のです♪
むしろ、そのズレこそ表現の面白さの一つ。
繰り返しますが、同じ歌をカラオケで1万回歌っても、常にそう行った「アドリブ性」が必要なんですね。
アドリブとは、何もフェイクをいれるとか、変わったことをするというのではなく、正解を求めずに、自然に楽しんで歌って、ギリギリのところで修正を続けるということではないでしょうか?

これは、皆さんの持つ音楽性を表に出す方法なんです。
流れを作れないと、どんなに表現したい思いがあっても出せないのです。


流れを創れれば歌・セリフ・演技力の全てが向上する


私が皆さんにお願いしたいのは、楽譜やセリフを覚えきる「前に」この流れを作ることです。
だってその流れに歌詞や音符は乗っていくのですから。
決め打ちでやると、「エスカレーターに乗れない人」になってしまいますよ♪
流れを作り、流れに乗るのるために必要なのは、ズバリ「脱力」と「入力」のバランス。
そしてそれらを使うための身体の準備と体を使うタイミングですね。
覚えてしまえば、歌・セリフ・会話、そして何もしてなくても演技力が抜群に向上します。
きっと最近の私のレッスンを受けてくださった方なら「うんうん」と頷いてくださっているのではないでしょうか?


年末年始特別割引レッスン空席情報


さて、2018~2019年末・お正月レッスンですが、
12/29,1/3はまだ少し余裕があります。
12/30は満席、1/2、1/4はあと1名です。
詳細については>>>2018~2019年末・お正月特別割引レッスンのご案内

2018~2019年末・お正月特別割引レッスンのご案内

2018~2019年末・お正月特別ボイトレレッスン

年末・お正月特別割引レッスンのご案内


お正月レッスンを1/2~1/4の日程でサウンドスタジオノア新宿にて行います。
※年末レッスンは12/29~12/30に東高円寺ロサンゼルスクラブで行う予定です。
ゆく年、新しい年…お家でゆっくりも良いですが、体を大きくしなやかに使って、身も心も軽く、モチベーションも上げて、ひととはちょっと違ったスタートを切ってみませんか。
浜渦ボイトレ・メソッドで、脱力と入力のバランスから生まれるしなやかな声の入り口をぜひ体験してください。

【場所/日程】
お正月レッスンを1/2~1/4の日程でサウンドスタジオノア新宿にて開催。
※年末レッスンは12/29~12/30に東高円寺ロサンゼルスクラブにて開催。
レッスン時間は11:30〜17:00の間でご相談に応じます。

レッスン空き状況
12/29:若干名
12/30:若干名
1/2:空きあり
1/3:空きあり
1/4:若干名

ご希望日が限定される方は、お早めにお申し込みください。

【対象】
●声を使う全ての方
●ヴォーカル・スピーチ問いません。
(声優・俳優、ポップス、声楽から 日常の会話、プレゼン等、全てのジャンル)
●プロから全くの初心者まで。キャリアは問いません。
●専門を持つ方から、普段の生活で豊かな声で話したい、歌いたい方まで。
●すでに通われている方、興味があり、試しに受けてみたい方。
●その他、声に悩みのある方。
●一年の締めくくりに、また新しい年を新鮮な呼吸と声で迎えたい方
※浜渦メソッドのレッスンやおすすめの方などについては
>>>ボイストレーニングSONG-VOICE-LIFE(東京)スクール紹介

【内容】
浜渦メソッドによるボイストレーニング。
※歌唱指導をご希望の方は音源(カラオケ)をCDまたはMP3プレイヤーなどに落としてお持ちください。セリフ指導等をご希望の方は
※声楽の方はボイトレのみになります。

【レッスン料金】
●初めての方
1レッスン7000円(50分、ガイダンス込み)
※入会金は必要ありません。また1月中にご入会された場合、入会金(5400円)は免除させていただきます。
2回目以降はお正月レッスン期間中は1レッスン5400円(45分)に割引となります。
●すでに通われている方
1レッスン6000円(45分)
※すでに通われている方で、通常レッスンの1回とカウントする場合は割引はありません。
※すでに通われている方で、1レッスン制の方は割引はありませんが、当月中にもう一度レッスンにお越しの場合は、2回目のレッスンを割引いたします。
※レッスン料金は当日現金にてお支払いください。
※上記の料金は今回限りの割引料金となっております。
通常料金とは異なります。
※キャンセルにつきましては、希望日の8日前までにお願いします。
以降のキャンセルにつきましてはキャンセル料金を以下の通り申し受けます。
8日〜2日前:レッスン料金の半額
前日・当日:レッスン料金の全額

【お問い合わせ】
・返信先メールアドレス
・お問い合わせ内容
(※希望日時、時間帯等は、候補を複数あげていただければ助かります)
以上を、ご明記の上、下記までお願い致します。
お申し込み後、スタジオの確保ができました時点で予約成立とさせていただきます。
↓メールフォームからお申し込みの方は
お問い合わせフォームから
↓直接メールでお問い合わせの方はこちらまで。
info@song-voice-life.com
※上記アドレスから受信できますよう、ご設定をお願いします。

お申し込みの際は、
・お名前・ご住所・お電話番号を
お知らせいただきますので、ご了承くださいませ。

※内容・開催場所・スケジュールその他、変更させていただく場合があります。あらかじめご了承くださいませ。変更等は随時こちらでご案内させて頂きます。
※お申し込みいただきましたのち、スタジオの確保した時点で予約成立となります。
※荒天などの場合でもスタジオが営業している場合はレッスンは予定通り開催します。
※講師の体調不良などの場合でレッスンが中止になる場合は、すでにお支払い頂いている場合は振替レッスン日の設定またはご返金、未入金の場合は、振替レッスンの設定、または中止となります。

関西声楽・ボーカル・声優他ボイトレレッスン終了「どのジャンルも人間の表現することに変わりはない」

ボイストレーナーの浜渦です。
関西レッスン終了しました。
ジャンルを問わずにレッスンさせていただいておりますが、それは本当にラッキーなことだと思うレッスンの日々でした。

こんなジャンルのこんなボイトレをさせていただいています



今回の生徒さん…


●ドイツ・リート(歌曲)グループ講座
●声楽
●声優
●ジャズ・ボーカル
●コーラス・ボイトレ

たくさんの声のジャンルをレッスンすること


多くのジャンルを指導することは、お互いの良いところを他のジャンルにフィードバックでき、単一のジャンルをレッスンしていた頃よりも、本当に充実した本質のレッスンができ、自分のレッスンの質も毎レッスンごとに進化させることもできて、感謝しております!
しかし、実は危険性もあります。
●いろんなジャンルをやることで、講師自身が迷ってしまう。
…確かに私も十数年前にこういう時期がありました。
それは実は全てのジャンルに共通する本当の基礎というものを私がきちんと理解できて痛かった証拠だと思います。
自分の得意とするジャンルだけ教えられるということは実は違うということに気付くまで時間が少しかかりました。

どのジャンルも人間が表現するということには変わりはない


ジャンルは違いますが、どれも人間が表現するということには変わりません。
そのスタートの部分はどのジャンルにも共通するものがあります。
一つのジャンルしかやっていないと、スタート、つまりは基礎の部分より、そのジャンルの特徴的な部分を折ってしまいがちです。
野球で言えば、基礎がないのに、常に豪速球、ホームランという、華やかなところだけ真似してやろうというところでしょうか。
そこに気づけば、それぞれのジャンルの特徴は、ほかのジャンルにも活かせるのです。
好き嫌いは多少あっても、このジャンルの方が優れている、なんてことはありませんよね^_^


脱力について


今回は多くの方が誤解している「脱力」のお話と実践方法を解説および実践をレッスンの中多く取り入れました。

脱力とはなんぞや?


そもそも歌やセリフにおける脱力はなんのために行うのか、よくわかっていない方が多いのです。
これはプロ・アマ問わずです。
脱力とは「体重を活かすため」に使います。
体は柔らかく、でも上半身は軽く浮かせ、その浮かせた体を「脱力」によってふわりと落とし、その瞬間にインナーマッスルにぎゅうっと力を入れます。
これで「人が感動した時に自然に入る力とそこから生まれる呼吸が生まれる」のです。
これはサッカーや野球、ボクシングなど、あらゆる「リズムが必要なスポーツ」に共通することと思います。
文章で書いてもわかりにくいと思いますので、また動画にしますね。
(実際、文章で書かれているものは、できてもあまり意味のないものか、それは対症療法だというもの、それができるなら苦労しないというものが多いのです)
しかし、レッスンで私の脱力法を実践していただいた多くの生徒さんからは
「はじめて自由に歌えた気がする」
「私は本当こんな風に表現したかったんだと初めて知りました(笑)」
そう、意外と自分が本当にやりたかった表現を見失っている方多いんです。

舌根を下げることと滑舌


ここも全てのジャンルのボイトレレッスンで大切なところです。
舌根が上がるとか、滑舌のために一生懸命舌や唇を動かす。
まずは、考えを整理しましょう。

子音はその言語を明確にしますが、子音が母音を邪魔することがあっては決していけません。
声は母音にあるのですから。
子音を明確にしようとして、母音を殺してしまうような本末転倒な練習をしていませんか?

さらに、母音と呼吸の流れなら、もちろん、呼吸の流れが大切です。
呼吸に気持ちが乗り、呼吸に説得力があるわけです。
それが母音が変わることで、いちいち流れが変わってしまったり、息の太さが変わるようでは、相手には何も伝わりません。

つまり、舌を下げる前に!
そもそも、舌を一切使わずに力強くしなやかに息を吐けるか。
そして、そのまま声を出せるか、さらに母音を変化させられるか。
そのあと、最低限だけ舌を動かして、発音ができか。
この順番が何より大切です。
しかし、ちょっと声が出づらいとか、滑舌が悪いからといって、すぐに舌を使ってしまいます。
繰り返しますが、呼吸がしなやかでないと、その時点で子音を頑張っても無駄です・・・
呼吸ができていないのに舌を使った時点で、舌根がどうのといっても手遅れなのです。

信じていただきたいのですが、多少滑舌が悪くても、呼吸の太さと強さに安定性があれば、子音はほとんど言えなくても、発音はしっかり相手に伝わるようになります。
そのあとに、やっと母音を息を邪魔しない派にで、子音が母音を邪魔しない範囲で足していくのです。

僕らは健常者と言われています。
しかし、舌が動くばっかりに、勝手に正しいと思う滑舌に走り、気持ちを伝える呼吸を殺しているとしたら・・・
それは果たして健常者などといい気になってもいられないのです。
そういう意味で、表現に健常者も障害者もないとおもうのです。

さて、レッスンを終えてホットひといき
船場カリーの「チキンカツカレー」をいただきました♪
ボイトレ・レッスン後のカレー

「教える」「指導する」ということ、教えるときに気をつけていること

ボイストレーナーの浜渦です。
ボイストレーナーはもちろん「教え」「指導する」仕事の一つです。
ここで私が気をつけていること。
指導はこうあるべきと思うことを書いてみたいと思います。
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(ボイストレーニングで)「教える」とは最低限のルールを「共有」すること


これはボイストレーナーに限った話ではないと思いますが、声は体の大きさ柔らかさ、声帯の長さなどのフィジカル面と、性格や、今現在置かれている状況などによるプレッシャーなど、のメンタル面の結果として出るものです。つまりは十人十色。これという答えはないのです。しかし、その中でも必ず息は吐きますし、体も使います。
例えば野球ならボールが来る前にバットは振りませんし、打ってから走りますし(振り逃げとかは置いておいて…)、ベースを踏む順番も決まっています。そういうルールが声にも歌にも芝居にもあります。声は野球でいうと、バットを振った「あとの結果」そこに至るまでのルールを渡し空気を共有する仕事です。
「教える」というと、どうしても教える側が偉いイメージになってしまいます。そもそも教える側も漠然としかわかっていない場合が多いのです。だからいきなり「頭を響かせて歌え」とか絶対に相手がわからないことやまだ楽しんでもないのに「発音が悪いなどと言ってしまう。そういう「できるものの論理で教えてはいけない」のです。
教えるよりは、言葉に書けない、目にも見えない自然の表現のルールを「お渡しする」ですね。


生徒さんができないのは先生・講師・トレーナーの責任と思うべし


生徒さんは、困っています。どんなに「俺はすごいって顔」をしている生徒さんでも、困っていなければ習いにきません。それこそ、音楽大学で、叱られいびられ、レッスン恐怖症になってしまっている方だっています。前項の通り、これという答えはありませんが、自然表現のルールがあります。そのルールに個性をはめてあげるのが私たちの仕事です。あとはその中で生徒さんが自由に表現できる環境を作ってあげること。それだけで誰だって本当の意味で上手くなるし、高い声もで流ようになります。しかし、そのルールをきちんと研究して渡す技術を身につけずに、でもなんとなく自分はできちゃうという人が指導に携わると「なんでこんなこともできないんだ!」とか、逆に小手先であとでツケがくるようなことを教えてしまいがちです。あくまで伝わらないのは人間というものに対する理解や研究をもっとしなければならないということ。私たちはお金をいただいているのです。
生徒さんの中には「息を吐いて〜」というだけでもパニックになる人もいます。これは完璧主義が悪い方へ出てしまっていることもありますが「まるで失敗が許されない環境で育った」など、おおくの要因があるのです。それに応えてこそ指導者と言えるのではないでしょうか。


肩書きや、名前という人間関係で指導しない。生徒さんとの立場は対等です


生徒さんは簡単に弱い立場になりがちです。だからこそ、肩書きや、名前や「先生」という立場で指導しては絶対にいけないのです。音楽大学など、そうそう4年間は辞められない相手に対してはなおさらそうです。その弱い相手からセンセイセンセイと呼ばれていい気になっていると、情けないかな、セクハラやパワハラに走ってしまう指導者もいます。
肩書きで教えなければ何で教えるのか?
もちろん、教える技術です。わかりやすさや実際上達するか、お金を支払う意味のあるレッスンをしているか。それでだめなら、もちろん、指導者の責任です。生徒さんがそう思わなくても、こちらはそう思ってこそ、トレーナー自身が成長できるのです。
しかし「なあなあ」のだらしない関係になってはいけません。ともに感動と心地よい緊張感のある空気を共有し楽しめる間柄でいられるような努力を常にしなければなりません。レッスンが終わったら、それはまあ、自由にしてください(笑)
でもレッスン室をでたら、大抵生徒の皆さんの方がすごいことを普段されていますけれど・・・


指導者は欠点の指摘に終わらない、怒らない、あきらめない


別にできてもないのにおだててはいけません。
しかし、欠点の指摘に終わるのだけは絶対にいけません。これはやっちゃダメ、できていないということくらい生徒さんも大抵わかっています。いやわかってなくても良いです。できるようになってから「あなたは前はこうでしたよ」でも良いのです。そして怒らないこと。怒るのは自分の教える技量の足りなさや、人間として信頼されていないことへのやっかみだと思ったほうが指導者自身のためにもなるでしょう。
そして何があってもあきらめないこと。諦めろと言わないこと。たかが歌。どうせゴールなんてありません。でも心と体の全部を使って楽しむことは多くの方ができるはず。これという「答え」はないけれど、かならず、最高の表現への道はあるんです!